グレーな世界に、目を凝らす。社会も、暮らしも、情報も。
世の中の課題の多くは、白か黒かで割り切れない。ある正しさが、別の場所で新しい痛みを生む。だからサステラは、答えを急がない。白と黒のあいだのグレーに踏みとどまって、その構造を見ることから始めます。
EDITORIAL POLICY編集方針
白か黒かで、断罪しない
社会課題には、簡単に善悪を割り振れないものばかりです。ある解決策が別の場所で新しい問題を生む。正しさを主張する声が、別の正しさとぶつかる。サステラは、どちらかを断罪して終わらせません。白と黒のあいだのグレーに踏みとどまって、構造を見ます。
人を、構造の中に置いて考える
「意識が低いから」で片づけない。誰かの選択の背景には、選ばざるをえなかった仕組みがあります。個人を責めるより、その人をそうさせている構造を見た方が、遠回りでも本当の解決に近い。人を裁く前に、人が置かれた場所を見ます。
情報の非対称性が、分断を生む
知っている人と知らない人のあいだの溝が、対立を生みます。片側だけが情報を持つとき、もう片側は理解されないまま責められる。その溝を埋めることが、メディアの仕事だと考えています。
三つの方針は、机の上で考えたものではありません。五年のあいだ現場で崩され、書き直されてきたものです。
サステラのこれまでを読む →不安で、釣らない
人の感情を強く揺さぶる投稿ほど、伸びます。とくに不安と怒りは、よく伸びる。体内に溜まったマイクロプラスチックの話は、その典型です。
だからサステラは、テーマで数字を追わないと決めています。釣れるテーマだけを選び続ければ数字は積み上がりますが、それでは世の中の課題のほとんどを扱えません。地味で大事なものが、いつまでも後回しになる。
代わりにやっているのは、切り口で引くことです。同じテーマでも、どの角度から入るかで届き方は変わる。問題をただ伝えるのではなく、構造で伝える。常識とされていることを、一度疑ってみる。
海洋ごみなら、「海にごみがある、リサイクルしよう」とは書きません。サステラが対馬で見たのは、長く漂って劣化したプラスチックは再資源化しても質が低く、必ずしもサステナブルとは言えないという現実でした。それどころか、かつて批判していた焼却によるサーマルリサイクルが、手札の少ない現場では現実的な選択肢だった。自分の発信を、現場に覆された経験です。
リサイクルは良いことだと思っていた人が、引っかかる。その引っかかりが、そのまま深い理解につながっていく。テーマが地味でも、切り口で引きは作れます。不安を煽らずに数字を取るというのは、そういうことです。
対馬の話を、noteで読む →記憶に、残す
30秒の動画は、多くの人に届きます。そして多くの場合、次の30秒に流されていきます。
環境問題は、知られるだけでは変わりません。立ち止まって、自分ごととして考えて、行動に移す。そこまで辿り着くには、記憶に残る必要があります。だからサステラは、テキストを軸に据えています。Instagramのカルーセルで立ち止まってもらい、興味を持った人には、noteの1万字を読んでもらう。そこまでやって、ようやく記憶に種をまくことができると考えています。
それでも、ショート動画をやめません。いま多くの人が情報を得ている場所から撤退すれば、そこにいる人たちへ届ける手段を失います。ただ、短い動画は複雑なことを複雑なまま運ぶのが難しく、断片だけが切り取られていく。だから、仕組みの内側に残って発信しています。その先のテキストまで、歩いてもらえることを願いながら。